400年前に日本に来て暮らし、三浦按針という日本名を名乗るまでになったイギリス人を、私たちはもっと称賛してもいい気がします。彼のように、絶望の旅の果てに日本で救われ、しかも卓越した才能を発揮した外国人は、今日までそうざらにいません。そのため、イギリスの旧ジリンガムには、彼を讃える立派な時計台が建てられています。日本でも、長崎の平戸にはイギリスとオランダの商館跡やアダムスの墓が守られています。彼が漂着した黒島海岸にも記念碑がありますし、最初に彼が住んだ日本橋室町の按針屋敷跡にも石碑が飾られています。 横須賀市の西逸見町には、按針の菩提寺の浄土寺があり、その丘の県立塚山公園には「按針塚」が祀られています。 イギリスの旧ジリンガム市のワトリング街にある記念碑は、同国のクランサム氏が横須賀市の按針塚を見学した際、いたく感動して市に提唱し、1934年に完成させたそうです。 1982年4月にジリンガム市(現メドウェイ市)と姉妹都市の締結をした横須賀市では、毎年4月、桜の名所にもなっている塚山公園で盛大な「按針祭」を行なっています。同じ年の8月に同市と友好都市の締結をした伊東市では、昭和22年の市制施行の年から、毎年夏に「按針祭」を続けてきました。 この伊東市の「按針祭」は、まさに市民総出のフェスティバルで、盛大なパレードをはじめ、『按針讃歌』の合唱、イギリスほか各国の国歌吹奏、関係諸国の大使による祝辞の披露、コンサート、スポーツ大会、花火大会などなど、盛りたくさんのプログラムが用意され、街は熱気に包まれます。 一人の外国人を讃えるイベントが、これほど盛大に行なわれるのは国内でも、いや世界でもかなり珍しいはずです。 ウィリアム・アダムス=三浦按針と日本人が培った[江戸時代の日英友好]を振り返りますと、私たち日本人はもっと国際関係に自信を持っていいような気がしますし、[21世紀のイギリスそして世界と日本のありかた]も示唆しているように思えます。 |
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