三浦按針は、自分でも貿易を手がけたこともあり、かなりの財もなしました。しかし、その遺言状には、国籍をとわず、当時では下層の民とされていた使用人にさえも、とにかくお世話になった人々に金品を分け与えるよう書かれていたそうです。
そうしたことも含めて、私たちは、遠いヨーロッパの異国から漂着し、言葉も文化も違う日本で20年も暮らした彼に何を学ぶべきでしょうか。イギリス人と日本人は、同じ海洋民族のため、意外に理解しあえた面もあるでしょう。家康という最大の理解者に恵まれたことも幸いしました。 しかし、意に反した土地で暮らすことになっても、[新天地]ととらえながら最大限の努力をしたからこそ認められたのです。予想もしなかった日本に来てしまったにもかかわらず、自己の運命を切り開いていった彼の強靱で柔軟な精神力には、畏敬の念さえいだかせます。 [国際化時代]といわれる昨今、私たちは、ただ単に外国に目を向けるだけでなく、一人でも多くの日本人が外国で実際に暮らしながら友好を深める、といった姿勢がもっと必要なのではないでしょうか。 |
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